理系学部所属・卒業生には怒られるかもしれませんが、私は小さい頃から数学が大の苦手でした。そんな私は、大学2年の夏~秋にかけて行われる進学選択(通称:進振り)で理学部を選び、進学することになりました。超ど文系高校生だった私が、理系学部に進学するに至った経緯を綴っていきます。ただし、個人的な話がだいぶ含まれていますので、あくまで一例だと考えていただければ幸いです。
なぜ理転したか?
私が理転を決めた話は、上野にある国立科学博物館で古生物学者の佐藤たまきさんの展示に感激を受けたことから始まります。佐藤さんの経歴を調べたところ、なんと文系でも要求科目を満たせば進学できる理学部地球惑星環境学科であることが判明し、入れるなら入ろうと決めました(研究分野は全然違う結果になったのですが…)。
他にも、前期教養学部時代に歴史の授業を受けた時、人文社会学系の議論の構成に疑問を持ったこともきっかけです。曖昧なまま独自の議論が展開されるようで違和感を覚え、「科学的な検証に基づいて社会を理解する方法」に関心を持つようになりました。
ここからは進振りを終えるまでの私の記録を書いていきます。
中高時代
教育熱心な家庭でしたので、数学(算数)に対する負の記憶は幼稚園の時からあります。ですが下書きの時点で書く内容が膨大になってしまったので、ここでは中学時代から遡ってみようと思います。
中学に入って最初の期末テストでは幾何という科目で下位10番内にランクインし、補習に参加しました。そこで私は自分の数学力に絶望したため、文系を選ぶことを中学1年生から決めていました。
時は流れ、高1の終わり文理選択がありました。医学部進学者が多い学校でしたので、周りの同級生は大多数が理系を選択していましたが、私は迷わず文系を選びました。
特に学びたいこともなかったので、高校3年生の時は北海道大学の総合入試文系を第一志望にしていましたが、高3の夏終わりに、偏差値的に東大を勧められてしまいました。二次試験で数学を選びたくなかったので悩みましたが、数学へのコンプレックスを払拭しようとの気持ちで東大受験を決めました。
しかし、現役時代の二次試験の数学の点数はまさかの一桁代。数学の点数が足枷となり、落ちてしまいました。
数学と向き合った浪人時代
浪人が始まってすぐ、私は予備校の数学の先生に「数学が苦手なんです」と正直に相談しました。先生が優しかったので、それ以来、定期的に質問や勉強法の相談をするようになりました。
特に意識したのは、「同じ参考書を何度も繰り返す」ことです。10周以上やり込む中で、最初は丸暗記に近かった解法が、少しずつ「なぜそうなるのか」を自分の言葉で説明できるようになっていったことで点数が徐々に上がっていきました。
点数が思うように伸びない時期は確かにありました。それでも手を止めずに「苦手と向き合い続けた」ことが、最終的には合格へとつながりました。結果的に、本番では数学が合否を分ける決め手となりました。ここで私の数学コンプレックスは半分ほど払拭されました。
理転を決めた1年生の夏〜進振り決定まで
私が理転を決めたきっかけは、上野の国立科学博物館で出会った一つの展示でした。古生物学者・佐藤たまきさんの研究を紹介する展示を見て、その情熱と探究の深さに心を動かされたのです。帰宅後すぐに佐藤さんの経歴を調べてみると、なんと文系からでも要求科目を満たせば進学できる東京大学理学部地球惑星環境学科(当時は地学科)の出身であることを知りました。私も地球について知りたい!と思い、進振りで地球惑星環境学科を狙うことにしました。
そこからは要求科目や要望科目について調べ始めました。1年Aセメスターの履修を必死に考え、進学情報センターのアドバイザーさんにも相談し、理系に進むための勉強を始めました。
しかし要求科目として並んでいたのは大の苦手な理系科目ばかり。一瞬迷いましたが、やれるところまでやろうと思って取り組みました。最終的に基本平均点は82.89点でちゃんと進学できました。多分中の上くらいの点数だと思います。
まとめ
理転をテーマに、進振りの記録を綴ってみました。いろいろ大変なことはありましたが、学科では多くの素敵な友達に恵まれ、今では幸せに生活しています。進学した科類にかかわらず、いろんな進路の選択肢があることを知っていただければ幸いです。
次回以降で、理転のためにした勉強や2A以降の記録について書いていきたいと思います。
読んでくださった方はありがとうございました。 コメントお待ちしております!


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